250927 なぜ正しいことが伝わらないのか
多くの管理職の方が、一度は経験するかもしれません。 「言っていることは絶対に正しいはずなのに、なぜ部下は動いてくれないのか?」 そんな、うーん…と考え込んでしまうような、もどかしい状況です。
たとえば、報告・連絡・相談、いわゆる「報連相」。 社会人としては当然のこと。日本のビジネスコミュニケーションの基本とも言えるものです。
しかし、「しっかりやりなさい」と伝えても、なかなか部下の行動につながらない。 誰もが正しいと思うはずの“正論”が、空回りしてしまう。 そんな場面、ありませんか?
今回は、この「正論が通じない」という現象の裏側にある、心理メカニズムについて考えていきます。 どうすれば、相手の心に響き、自発的な行動を促すコミュニケーションが取れるのか。 本書では、そのヒントを解説していきます。
コミュニケーションとは、単に論理の正しさだけではありません。 そこには、感情の動き、上司と部下の関係性、そして言葉を伝えるタイミングなど、 人間的な要素が深く関わっているのです。
たとえば、報連相のような指示が、すぐに受け入れられない場面。 内容だけ見れば、反論の余地はないはずなのに、なぜか伝わらない。 その原因は、言葉の“裏側”にあるかもしれません。
もし、上司がイライラした状態で「報連相をしなさい」と言ったとしたら? 言葉の内容は正しくても、 「私は正しい。君は間違っている。」という非言語的なメッセージが、感情のトーンに乗って伝わってしまいます。
人は、「君は間違っている」というニュアンスを受け取ると、無意識に防御態勢に入ります。 これを“プロテクトの状態”と呼びます。 頭では正しいとわかっていても、心が反発してしまうのです。
「君は間違っている」と繰り返し言われて、素直に「ごめんなさい、次から頑張ります」と言える人は、 よほど打たれ強いか、素直な人でしょう。 言葉の正しさ以上に、発する側の感情や、否定的なニュアンスが壁を作ってしまうのです。
そして、部下が動かないことに対して、上司がさらにイライラしてしまう。 「だから何度言ったらわかるんだ!」と、強い口調で正論を繰り返す。 これが、部下の心をさらに閉ざしてしまう悪循環につながります。
このような悪いサイクルは、上司と部下の関係だけでなく、親子や教育の現場など、 さまざまな人間関係で見られる、根深いパターンでもあります。
では、どうすればこの悪循環を断ち切り、 「よし、やってみようかな」と思ってもらえるのか? ここからは、具体的なアプローチについてご紹介します。
まず一つ目のポイントは、 その行動が「誰のためになるのか」を明確にし、具体的に伝えることです。
人は誰しも、社会や組織に貢献したいという思いを持っています。 そのためには、2つの視点からメリットを提示することが効果的です。 「あなた自身のため」そして「チームや組織全体のため」です。
たとえば、 「君がこまめに報連相をしてくれると、君自身の仕事がスムーズに進む。 そして、チーム全体の情報共有も進んで、良い効果が期待できる。」 逆に、報連相が滞ると、君も困るし、チームにもリスクがある。 そんなふうに、メリットと場合によってはデメリットも伝えることが有効です。
さらに、上司自身の経験談を添えることで、共感や理解が深まります。 「昔、自分が報連相を怠って失敗したことがあって…」 そんなストーリーが、相手の心に響くこともあるのです。
そしてもう一歩踏み込んで、 相手自身に「そのメリットを言語化してもらう」ことも重要です。
「もし君が報連相を意識するとしたら、どんな良いことがあると思う?」 そう問いかけることで、相手は自分の言葉で価値を認識し、納得感が深まります。
次に大切なのが、伝える“タイミング”です。 「レセプター」という言葉があります。 これは、相手がメッセージを受け取る準備ができている状態のこと。
たとえば、部下が最近頑張っているのに認められていないと感じているとき、 その頑張りへの承認をすっ飛ばして、いきなり「報連相が足りないぞ」と言ってしまったら? おそらく反発を感じてしまうでしょう。
まずは、「いつもありがとう」「昨日の件、大変だったね」など、 承認やねぎらいの言葉をかけること。 それによって、相手の心の“受け皿”が開きやすくなります。
これは、正論を受け入れるための“心の準備”を促すものです。 日常のコミュニケーションでも、意識したいポイントです。
また、言い方そのものも重要です。 厳しい環境で鍛えられた管理者ほど、部下にも厳しく言わないと伝わらないと思いがちです。 しかし、その言葉が、否定的なメッセージとして受け取られてしまう危険性もあります。
ここで、野球のピッチングに例えてみましょう。 常に150キロの剛速球を投げる必要はありません。 時には130キロに落としたり、変化球を混ぜたり。 伝え方を、相手や状況に合わせて変える工夫が必要です。
そして、最も本質的なのが「その言葉の出所」です。 それは本当に部下の成長を願っての言葉なのか? それとも、自分が怒られたくないからなのか?
「誰のためにその言葉を発しているのか?」 一瞬立ち止まって、自分自身に問いかけてみることをおすすめします。
さらに、「指示」ではなく「リクエスト」という概念も取り入れましょう。 これは、命令ではなく、協力をお願いするニュアンスです。
リクエストが苦手な人は、 「こんなこと頼んだらどう思われるだろう」と不安になりがちです。 一方で、相手への意識が強すぎると、厳しい言い方になってしまうこともあります。
だからこそ、両方の意識のバランスを取りながら、 「この行動があなた自身にとって、そしてチームにとって、どんな意味があるのか」 それを明確にして、思いを乗せて伝えることが大切です。
「私が正しくて、君が間違っている」ではなく、 「これを一緒に実現することで、あなたにも、私たちにも、こんな良いことがある」 そんな共通目的とメリットに基づいた視点への転換が、人を動かすコミュニケーションの鍵です。
コミュニケーションとは、情報のやり取りだけではありません。 感情や意図が複雑に絡み合う、人間関係の中で展開されるものです。
あなたが誰かに何かを伝える、その瞬間。 「今、自分の内側では何が起こっているのか?」 自問してみてください。
それは焦りなのか、期待なのか、自己防衛なのか、貢献欲なのか。 その言葉の“源泉”に向き合うこと。 それこそが、小手先のテクニックを超えた、持続可能なコミュニケーションへの第一歩です。
どうかこの小さな羅針盤を、あなたの心に留めておいてください