251201 幸せ経営のすすめ 企業の幸せ経営について説明していきます。最近、どの企業からも人手不足や人が辞めてしまうという話題をよく聞きます。人的資本経営という言葉も、よく聞かれるようになりました。この「幸せ経営」について解説していきます。ポイントとなるのが「幸せだから成功する」ということです。普通は逆の考えを持ちがちです。「成功したら幸せになれる」、その逆転の発想になるというのが今回のテーマのポイントになります。 これは単なる精神論ではなく、Googleやマサチューセッツ工科大学(MIT)での最先端の組織研究による膨大なデータをもとにたどり着いた、極めて戦略的なアプローチとなります。なぜ幸せが成功につながるのか、その内容を解き明かしていきます。今、経営の世界でなぜ「幸せ」という言葉が重要になっているのか、それは企業を取り巻く環境が根本的に変わっているからです。企業は採用が難しくなり、人材が流動化している環境に置かれています。つまり、企業は選ばれる側になってしまっています。そうなると、従業員にとって、この会社で働き続けたいと思ってもらうことがとても重要になります。それに加えて、人的資本経営という流れがあります。投資家は、あの会社は従業員という資本をどれだけ大切にして成長させているのか、という視点で企業を評価するようになります。 だからこそ、従業員のエンゲージメント、つまり仕事への熱意や貢献意欲がとても重要な経営指標にもなります。そのエンゲージメントを高めるには3つの視点があります。1つ目は仕事のプロセスです。自分で工夫したり、ある程度の裁量権を持って仕事を進めることができるかということです。2つ目は人間関係です。組織やチームの中で良好な関係を保つことが大事です。そして3つ目は仕事の意義です。自分の仕事が誰かの役に立っているという実感や使命感、責任感が大事になります。この3つが満たされると、人は仕事に集中できるということになります。 そして、このことが「幸せだから成功する」という話に関連してきます。ハーバード大学のショーン・エイカー氏は、幸福優位性(ハピネスアドバンテージ)を提唱しました。幸福感の高い従業員は、そうでない従業員に比べて生産性が30%、創造性は3倍も高いというデータがあります。このデータから、従業員が幸せを感じられるチームづくりというのがとても重要になります。Googleの調査では、生産性の高いチームの条件について、個人の能力やスキルの高さは、実はそれほど重要な要素ではないということがわかりました。Googleが突き止めた5つの条件のうち、圧倒的に重要である第一位の要素が「心理的安全性」です。 心理的安全性は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授の定義では、「このチームなら対人関係のリスクをとっても安全だと感じられる共有された信念」のことであります。「こんなことを言ったらバカにされる」とか「失敗したら怒られる」など、そういう不安を感じずに安心して発言したり、挑戦したりできる状態のことです。心理的安全性が低い職場では、人は無意識に4つの不安から自分を守ろうとします。「無知だと思われたくないから質問しない」「無能だと思われたくないからミスを報告しない」「邪魔だと思われたくないから意見を言わない」「ネガティブだと思われたくないから懸念を伝えない」。良かれと思って黙っていたり、隠してしまったりすると、チームとしては成長することはできません。良いチームほどミス報告の件数が多いという事実もあります。これは心理的安全性の高さを表しています。ミスを報告しても罰せられない、むしろ「よく報告してくれたね、学びの機会としよう」と捉えられる文化があります。 次に、心理的安全性がどのようにビジネスの結果に結びつくのか説明していきます。これはMITのダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」となります。このモデルは組織が良い結果を生み出すための因果関係を表しています。組織の良い状態は、第一に人間関係の質からスタートします。まず、お互いを尊重し合って、心理的安全性の高い関係性を築きます。すると、多様な意見が飛び交ってアイデアが生まれます。思考の質が高まります。そして、「みんなでやってみよう」という主体的で協力的な行動の質につながり、結果として「良い結果の質」が生まれることになります。良い結果が出ると、チームへの信頼や誇りが生まれて、さらに関係の質が高まります。このように好循環に入っていきます。心理的安全性があらゆる成果の出発点になります。 この心理的安全性と関係の質において注意点もあります。厳しい意見を言わなくなって、逆にパフォーマンスが落ちてしまうということも懸念されます。心理的安全性と仕事の基準の高さ、この2つは両立させて考えなければなりません。エドモンドソン教授は「心理的安全性は馴れ合いとは違う」と明確に言っています。高い基準を求めつつも、そこに向かうプロセスにおいて挑戦を歓迎するということが大事になります。短期的にはうまくいかないことでも挑戦し続けて、やがて成功につなげることが大事です。その両輪があって初めて組織は学び、成長していくことになります。だからこそ、まず土台として人間関係の質を高めることが戦略的に重要になります。 自分のチームの関係の質が良いか悪いか、客観的に判断するのは難しいと思われます。感覚だけに頼っていると改善の方向性も分かりません。そこで紹介されたのは、「幸せデザインサーベイ」のようなツールです。これは従業員の幸福度やエンゲージメントという目に見えにくいものを、定量的に見える化するためのアンケート調査です。組織の状態をコミュニティ、コミュニケーション、チームパフォーマンスの3つの側面から調査いたします。そして個人の状態を体とマインドの2つの側面から、合計5つの要素を測定します。匿名で回答できるので、従業員も本音を出しやすいといいます。さらに調査して終わりではいけません。調査だけして出てきた課題に何のフィードバックもアクションもなければ、従業員は「どうせやっても無駄だ」という失望を感じ、状況は悪化しかねません。だからこそ、見える化して、フィードバックして、対話をして、アクションを起こす。このサイクルを回し続けることが何よりも重要になります。サーベイの結果をチーム全員で共有して、自分たちのチームの強みや課題について認識し合う。対話をして具体的に行動につなげる。このような緻密な繰り返しが、少しずつ組織の体質を変えていくことになります。 導入事例の紹介もありました。埼玉慈恵病院やヤオコーのような企業は、まさにこのサイクルを実践しています。共通することは、人材教育はコストではなく投資だという考え方です。人をコストと考えるのではなく、価値創造の源泉として考え、あらゆる施策に表れていきます。メジャーリーガーの大谷翔平選手の話がありました。目標設定において、誰かの役に立ちたい、チームを勝利に導きたいという利他の心が根底にあるという分析です。 ただ「スキルを身につけろ」と言われるのと、「このスキルを身につければ、もっとチームを助けられるよ」と言われるのとでは、モチベーションは全然違います。つまり、スキルというノウハウを教える前に、まず「なぜ・何のためにやるのか」という動機を教え、火をつけることが重要だということです。これは経営も全く同じで、理念や使命感、社会にどう貢献したいかという利他の心を経営の基盤に置くことが、従業員の心を動かし、エンゲージメントを高める上で不可欠になります。 モノの満足から心の満足へという社会の変化とも一致します。そして、この心を起点にするというのは、経営者が全従業員と面談して一人一人の心に真摯に耳を傾けるとか、出てきた課題に必ず対応する、そういう非常に具体的なアクションにもつながります。それは、「会社はあなたのことを見ています」という強力なメッセージになって、信頼関係、つまり成功循環モデルの起点である関係の質を定期的に高めていくことになります。 人手不足という外部環境の変化があり、個人の幸福度が生産性を上げるという研究、そして、Googleも突き止めた心理的安全性があり、それがMITの成功循環モデルの出発点になっている。そのように関連します。そして、そのすべての根底にあるのは、「人をどう見るか」という経営の哲学やポリシーにつながっていきます。 これは企業の経営者や幹部の話だけではなく、一人一人が自分のチームや部署でできることもあるはずです。理念や使命感というと少し壮大に思われるかもしれませんが、もっと身近なレベルで考えることができるはずです。日頃からほんの小さなタスクにおいても、「それが誰かのためである」とか「これをやるとチームが少し前に進むはずだ」というように、意識的に誰かの役に立つという視点と結びつけることが大切です。仕事への取り組み方や自分自身の気持ちに小さな変化が生まれれば、そこから周囲の関係の質を変える一歩になるはずです。