250923 部門横断型人材について考える
部署の壁を越えて活躍できる人材は、どの企業の組織でも求められている。部門横断型人材は、組織の中で異なる専門性を持つチームをうまくつなぎ、プロジェクトを推進する貴重な存在である。部門横断型人材に期待すべき役割について説明する。これはチームの一員として、あるいはリーダーとして働く人にとって、日々の業務に役立つ気づきとなる。
PMI(プロジェクトマネジメント協会)の2021年の調査によると、部門横断型にスムーズに動けるプロジェクトマネージャーは、全体のわずか10%〜15%しか存在しない。このデータは、専門知識と全体を調整する能力の両立がいかに難しく、まれであり、貴重であるかを示している。多くの人材は、どうしてもどちらかに偏ったり、固執したりしてしまう。
現状の日本における状況を見ると、特徴的な姿が浮かび上がる。経済産業省が2019年に行った調査によると、日本企業の人材の約70%が専門特化型である。これは、いわゆるジェネラリスト的な動き方ができる人材が統計的にも少数派であることを示している。1つの分野をとことん極めるキャリアパスが、伝統的に評価されやすい日本の雇用環境や文化に起因している。これは単なる個人の能力や意欲の問題ではなく、大きな社会的構造の要因が背景にあると考えられる。
計画的なトレーニングだけでは、貴重な部門横断型人材を育成することはできない。育成可能な部分とそうでない部分を分けて考える必要がある。育成可能な側面としては、考え方のフレームワーク、5W2Hによる状況整理、品質・コスト・納期などの管理、プロジェクトの健全性を図るスキルが挙げられる。また、SWOT分析による戦略立案、PMBOK(Project Management Body of Knowledge)の知識や体験の習得も研修を通じて体系的に学べるスキルである。
さらに、情報をわかりやすく伝えるスキルも重要である。例えば、複雑な情報をA4一枚にまとめる資料作成能力や、議論を可視化してまとめるファシリテーション技術もトレーニングで向上可能である。他部門との会話を理解するための基礎知識として、市場や顧客、営業が使う用語の意味、製造プロセスの大まかな流れ、設計で重視される基本的な考え方なども、異文化理解に近いが学習で習得可能な範囲である。ここまでは、ある程度トレーニングによる効果が期待できる領域である。
ここから先は、普段あまり語られない領域であり、見えない限界の壁が存在する。
短期間の研修やトレーニングでは、実務経験に裏打ちされた直感力を養うことは極めて難しい。これは多くの修羅場を経験する中で培われる、状況を一瞬で見抜くような勘所であり、暗黙知に近いものである。一朝一夕には身につかない。また、現実的な限界として、各部門の専門的な作業をすべて完璧にこなすことは非現実的である。例えば、部門横断型人材が設計者のように詳細なCAD操作を行ったり、製造技術者のように高度な生産設備の調整を行ったりすることは通常求められない。あくまでも各専門家をつなぐ役割が主軸となるべきである。
特に重要なのは、調整能力に深く関わる個人の特性である。協調性や物事を積極的に捉える俯瞰力といった、パーソナリティに近い要素が、部門の調整をうまく進める上で強く影響する。
協調性や俯瞰力は後天的なスキルというよりも、もともと個人が持っている資質や性格特性に根ざす部分が大きい。したがって、単に研修を受けさせれば誰もが優れた調整役になれるわけではない。スキルは伸ばすことができるが、経験に基づく直感や協調性のような資質は簡単には変えられない。
部門横断型人材の本当の強みは、個々のタスクを完璧にこなすタイプではないかもしれないが、点在する情報をつなぎ合わせて全体像を構築する力が非常に強いことである。また、異なる部門間の言語や文化を翻訳できる能力もある。営業部門が重視する顧客の声や市場の反応、生産部門が注意する効率、設計部門がこだわる実現性や長期的な品質など、それぞれの「当たり前」が異なる中で、部門横断型人材は中立的な立場で双方の意図を汲み取り、互いが理解できる言葉に置き換えてコミュニケーションを促進する。まさに翻訳者のような役割を果たす。
さらに、人と人との間の摩擦を調整する能力にも長けている。部門間の利害が対立し、意見がぶつかり合う場面でも、感情的なしこりを残さずに建設的な解決策へ導くソフトスキルを持っている。これも部門横断型人材の重要な価値である。部門横断型人材には、個々の工程の細かい作業責任まで求めるべきではない。強みを最大限に生かすためには、情報整理、取りまとめ、翻訳、伝達といったコミュニケーションのハブ、つまり情報が行き交う結節点としての役割に特化させるべきである。
組織全体の情報の流れを良くし、部門間の連携をスムーズにする潤滑油、触媒のような存在として機能させるべきである。その成果を測るには、個別のタスク完了数といったミクロな指標ではなく、組織全体の最適化がどれだけ進んだか、部門間の情報伝達のスピードや精度がどれだけ向上したかといった、重要目標達成指標で評価することが適切である。
個々の作業の成果ではなく、チームや組織全体のパフォーマンス向上への貢献度を評価するという考え方である。役割設計と評価の仕方はセットで考える必要がある。部門横断的に高いレベルで活躍できる人材は少数精鋭であり、組織のメンバー全員に同じレベルを求めるのは現実的ではなく、効率的でもない。
トヨタ自動車の主査制度は、特定の製品開発プロジェクト全体を俯瞰し、各部門を強力に束ねるリーダーが存在する制度であり、製品開発の総責任者として部門横断を専門職として確立した例である。同様に、多くのメーカーで見られるプロダクトマネージャー制度も、マーケティングから開発・生産・販売まで製品ライフサイクル全体に責任を持つ専門職として、部門横断の調整役を明確に位置づけている。
これらの成功事例では、部門間の調整や連携を特定の専門職として定義し、その役割を担う人材を戦略的に配置することの有効性が示されている。逆に、組織の誰もが部門横断的に動かなければならないという理想論や期待を先行させると、調整にかかるコミュニケーションコストや時間が増大し、物事がうまく進まなくなる失敗例もある。
専門性を追求する人材であれ、横断的な役割を目指す人材であれ、教育の機会は平等に設けるべきである。基礎的な知識や思考のフレームワークについては、広く学べる場で習得可能であり、組織全体の底上げにつながる。
すでに部門横断的な動き方で成果を出している人がいれば、その人が手本となり、自身のやり方や考え方を積極的に周囲に示すことで、ロールモデルとして後に続く人にとって大きな道標となる。
そして、会社として部門横断的な動きに対してどのような貢献を期待しているのか、具体的にどのような役割を担ってほしいのかを誤解なく、かつ継続的に伝え続けることが重要である。その際、一方的な押し付けにならないよう、本人の特性やキャリア思考に本当に合っているかどうかを注意深く観察し、対話することが求められる。
最も重要なことは、仕事を進める中で少しずつ実践してみようとする人が成長するという点である。どんなに優れた研修を受けても、たくさんの知識をインプットしても、それだけでは人は変わらない。大切なのは、ここで得た考え方や学んだスキルを、日々の業務の中でほんの小さなことでも意識して試してみることである。例えば、普段あまり接点のない部署の人に意識的に情報共有したり、会議で異なる意見が出たときに両者の意図を汲み取ってつなぎ合わせるような発言を心がけてみるなどである。
ほんの少しの実践の積み重ねが、個人の成長につながり、組織全体の連携力を高める第一歩となる。
画一的な期待を押し付けるのではなく、一人ひとりの強みを見極め、それを最大限に生かせるような役割や環境をデザインすることの重要性が改めて浮き彫りとなる。日々の業務の観察の中から、潜在的な翻訳者としての素質や可能性を持つ人材を、いかに早期かつ効果的に見つけ出すことができるか感度をたかめていく。部門横断型人材が自然と示すコミュニケーションのパターン、多様な意見への向き合い方、複雑な問題を整理しようとする際の独特なアプローチなどに着目することで、部門横断型人材のモデルを形成していく。