自己の理解と感情
自己承認について解説をしていきます。自己承認の具合が感情にすごく影響を与えます。自己承認は心の深い部分で自分のことを認めることであり、この世で最も認めてもらいたい人、それは上司でもお客様でもなくて自分という人になります。自分という人が一番に認めてもらいたいのです。自己承認というのは、自分で自分のことを深く認めるということになります。自己承認ができていないと、最も認めてもらいたい人が認めてくれないため、強い欲求不満の状態になります。
この欲求不満が、自分という人が認めてくれないので、自分という人以外の人、つまり他者、他者から認めてもらうことで補おうとします。これが欠乏動機と言います。その結果、他者から認められたい、という気持ちがすごく強くなります。他者の評価を強く気にするため、評価が損なわれそうになると、怒り、不安、緊張、焦りが生じやすくなります。
焦りやすい人、緊張しやすい人、不安になりやすい人、その反面に他者から認めてもらいたいという気持ちがすごく強くなる。ですので、恥をかきたくないとか、嫌な思いをしたくないとか、他者によく見られたいとか、そういう気持ちが強ければ強いほど、緊張しやすく、焦りやすく、不安にもなりやすく、そして他者の評価を強く気にするというところが感情の生じる側にすごく影響をします。また他者から認められたいという気持ちがすごく強いので、他者を認めることよりも他者から認められることを優先しようとします。そのため、心理的衝突が多く、深い関係を築きにくくなります。他者を褒めるよりも、自分が褒められようとします。他者の話を聞くよりも、自分が話そうとします。こういうふうなことをしていくと、なかなか深い関係も,気づきにくくなります。その結果、経営やビジネスをする上で大きな弊害をもたらすことにもなります。
自己承認の度合いが低い人、あまり自分のことを認めることができない人の傾向として、欠乏動機や無価値観から仕事を頑張ろうとします。仕事を頑張る動機が、他者から認められたい、あるいは自分に価値がないということを埋めようとして、仕事で良いパフォーマンスを発揮することによって、無価値観、自分に価値がないという感覚を埋め合わせようとします。極端にプライドが高い。他者からの評価に執着し、評価が下がると取り乱しするのです。他者との比較を強く意識し、劣等感を過度に嫌う。他者の評価や名誉のために贅沢品を買う。非があっても正当化しようとし、素直に謝らない。「絶対」「いくらでも」など過剰な表現を頻繁に使う。自分の話ばかりしようとし、相手の話が聞けない。成功したり、偉くなったりすると、態度が横柄になる。悪口が多い。頻繁に愚痴を言い、共感を求める。くよくよ悩み。迷いやすい。コロコロ考え方が変わる。精神的余裕がなく、感情的になりやすい。こうやって傾向が見受けられるわけです。
けれども、逆に自己承認の度合いが高い人の傾向は、向上心、楽しさ、夢、こう欲から仕事を頑張ろうとする。自分が認められたいからとか、自分の無価価値観を埋めたいとか、そういう動機ではなく、楽しいから頑張る。こういう夢を叶えたいから頑張ると思うのです。周りが喜んでくれるから頑張ると思えるのです。そんな上手な動機から仕事を頑張ろうとする。そこまでプライドは高くない。他者からの評価にそこまで執着しない。あまり他者と比較せず劣等感をそれほど気にしない。他者の評価や名誉のために贅沢品を買ったりしない。贅沢品を買うこともありますけれども、自分は自分が好きだから買うのであって、他者からの評価とか、見栄のために買うということはあまりありません。自分に非があれば素直に謝れる。あまり過剰な表現を使わない。使う言葉がシンプルであります。自分の話ばかりせず、相手の話をきちんと聞ける。成功しても偉くなっても謙虚である。悪口は言わない。あまり愚痴も言わない。決断ができる。くよくよ悩まない。迷わない。精神的余裕があり、感情的になりにくい、朗らかである。こういうふうな傾向があります。
事例
事業再生の現場においては、潰れる会社を立て直すという仕事がメインであります。そのお客様というのは、会社を潰した社長になります。会社を潰す人というのは、とても自己承認の度合いが低い人の傾向があります。自己承認の度合いが低い人です。ここに当てはまる人がすごく多いわけです。そうするとやはり部下もついてこない。そして会社が潰れます。そういう人たちは会社を潰した後の贅沢品を買おうとする見栄のために良いブランドのバッグを持っていたり、豪華なレストランにステーキを食べに行ったり、銀行の借金が返せないと言っているような人が平気でそういうところにお金を使います。このお金があるんだったら銀行の借金の返済に充てろと言いたくなりますが、そんなことをするんです。正当化だと。素直に謝らないし、この過剰な表現を頻繁に使います。人の話が聞けない。自分の話ばかりする。態度も横柄になる。悪口がとにかく多いと頻繁に愚痴を言う。くよくよ悩み迷いやすい。コロコロ考えが変わる。感情的になりやすい。会社を潰す社長というのはこういう人が多いわけです。
自己承認度合いが低い人の傾向で自分は結構これに当てはまる自己承認できていないかという悩みを持たれる方も多いです。これはある意味人間にあることにもありますので、当てはまっても構わないわけです。その当てはまる度合いの問題があるわけです。少々当てはまるぐらいであれば問題はありません。ただ、かなり当てはまることや一個一個の項目に対する当てはまりの度合いがこれがかなり深いのか、あるいは軽いのか、それで随分変わってきます。したがって、多少なりとも当てはまるぐらいであれば、そんなに気にする必要はありません。ただ、あまりにも多いとか、一個一個の当てはまり方が重いというのであれば、これは自己承認ができていないのかもしれません。
こういうところが動機となって、がむしゃらに事業を拡大しようとするような経営をしてしまうと、基本的に経営の人としては危ないとなります。拡大を急いでしまいます。経営者交流会においていろんな社長と話をしますがすぐに規模の話をする人売上はどのぐらいなのか社員は何人いるのか。規模の話をしようとすると規模で負けるとなると悔しいと自分も大きくなんないけど会社を大きくしなきゃと言って一生懸命がむしゃらに会社をしようとしますそういった人が実はですね自己承認の度合いが低いという可能性もあります。
よって会社を大きくするとその動機が自分には価値がないとこの無価値感、これを埋めたいという思いで会社を大きくするそういう動機でやっている人というのは比較して負けるとすごく悔しがります。だから負けてたまるもんかといってもっと売上拡大もっと拡大従業員を増やせ。そして、規模の割には多くの借り入れしたりとか、背伸びをするという人も世の中にはいます。そういう風な人がうまくいかなくなると、感情的になって会社を潰すというふうなことになったりするわけです。こういうふうなところが会社における人間関係や仕事のしやすさにもすごく影響をします。自己承認度合いが低い人について、ちょっと振り返ってみてください。
自己承認ができているかどうかというところに一番大きく影響する要素として、幼少期の親子関係があります。ここで内的ワーキングモデルという言葉、これは心理学の言葉でありますが、この内的ワーキングモデルという言葉は、お子さんを持つ,親御さんは、すべての親御さんに知っていただきたい言葉でもあります。内的ワーキングモデル、この言葉が最も有名になってほしいです。幼少期の親との関わりの中で形成される人間関係の価値観、親との関係がすべての人間関係の原型となるという言葉であります。生まれて初めて形成する人間関係が基本的には親との関係であります。もっと言えば母親との関係であります。この関係がすべての人間関係の原型になります。人間関係はこのような感じなんだっていうふうに学習していくわけです。そしてその感覚をすべての人間関係に当てはめようとするわけです。よって親との人間関係というのがすべての人間関係の原型になるのです。プロトタイプになります。そこで愛情を求める乳児に親が十分な愛情を注ぐと、自分は愛されるに値すると、親は守ってくれると、自己に対して,ポジティブな価値観を持ちます。ところが愛情を求める乳児に親が十分愛情を注がないと自分は愛されない存在だと親は助けてくれないと自己に対してネガティブな価値観を持つようになります。この幼少期の親との関係は自己承認において影響し、それが他の人間関係にも影響するというようなことです。この内的ワーキングモデルというところで言われているわけです。この両親との関係、こういったところが全ての人間関係の原型となりまして、この関係を他者との関係に当てはめるわけです。人間関係はこういう感じなんだと。そしてそれをまた子供との関係にも当てはめるわけです。その子供の関係は子供もそうやって親から影響を受けるわけです。その関係は子供も他者との関係にも影響していくというふうに影響が及んでいくわけです。ですので,幼少期にどれだけ愛されたかということは、その後の人生においてものすごく大事なことになります。
あのソフトバンクの孫さんはエピソードでこんなエピソードがあります。あの方は相当貧しい家に生まれたらしいのですが、かなり厳しい生活を送っていたのですけれども、お父様が孫さんのことをめちゃくちゃ褒めて育てたらしいです。ある時ですね、褒められすぎて椅子から転げ落ちたそうです。椅子から転げ落ちるぐらい褒められたともうとにかく孫さんのことを褒めて褒めて育てたというエピソードがあるのです。
そういうふうな幼少期を過ごす中で、自分に対してすごく強い価値観が形成されました。当然に愛していない親はほとんどいないと思いますが、褒められすぎて、愛情表現がうまいかどうかには大きな差があります。ここがすごく注意しなければいけないところにもなります。自分は親から愛されていないというふうに思う人は,世の中にはいるのです。ただそれが愛されていないかどうか。それは愛されたかったんじゃなくて愛情表現が下手だったと親からしてみればものすごく愛情を注いでいたところが愛情表現が下手だったという場合もあります。その場合、子供は自分は親から愛されなかったというふうに感じるわけです。ですので、両親との関係にネガティブな意味づけをしている場合はですね、親は自分を愛してなかったのではなく、愛情表現が下手だったのだと気づくことで、両親との関係に対する意味づけが大きく改善をしていきます。両親との関係の意味づけを改善することは、自己承認度合いを高めることにつながるわけです。それは他の人との人間関係にも改善し、対人関係全般に対する意識も豊かにする可能性をもたらすというふうな大きな可能性を秘めたことなのです。幼少期の親子関係は大きく影響します。そして愛されていたにもかかわらず、愛されていないと勘違いをしてしまう。なぜかというと親の愛情表現が下手だったからです。ですので、こういったところをすれ違いに気づいて意味づけを改善すると、自己承認の度合いも高まるというふうなこともあるわけです。
この自己承認の度合いを高めていく、親からの愛情に気づくというふうなことをしていく上でプログラムがあります。それが内観というプログラムです。内観は、自らのこれまでの体験を観察することです。自分に対する気づきを得る収容法であり、心理療法でもあります。両親や祖父母などの肉親について、次のことを思い出してください。一つ目、してもらったこと。2つ目、してあげたこと。3つ目、迷惑をかけたこと。親からの愛情は当たり前のものとして多くの愛情を受けたことを忘れてしまいがちになります。強く記憶に残っている一部のネガティブな思い出から、自分は親から愛されていないと決めつけている場合も少なくありません。内観をやってみると、自分の気持ちが少し温かい気持ちになってくるのです。ほっこりした温かい気持ちになってくるんじゃないかと思うのです。そういう気持ちで,経営やビジネスを進めていければ良いです。そうすると、人に対する関わり方も随分変わってはきます。こういう風なことを通じて、自己承認の度合いを高めていきます。
それから、自己承認の度合いを高めるためには、決めたことをやるという経験を繰り返すと、自分は決めたことをやる人だというセルフイメージが形成する。自分から信頼されるようになります。ですので、面倒くさい、照れくさい、怖いなどの感情に邪魔されてもやると決めたらやる。継続してやり抜く。それができたら結果はどうあれ、自分を褒める、収入、能力、評価、実績、地位などの社会的価値も、他者との比較も関係ありません。そうやって形成された自分との信頼関係は、何よりも大きな価値を持つことになります。やはりやると決めたことをやり抜く。そういう経験は、自分から大きな信頼を得る貴重な経験になります。この自分という人だけには嘘はつけないのです。全部見てます。全部聞いてます。この人から信頼される。そのためにはどうすればいいかというと、その1つのアプローチがやると決めたことはやる。これを繰り返すわけです。そういったところも自分の人は見てます。過去にそういう経験がいくつかあると、いざという時においても、この人はきっとやるなと。だって覚悟はそうじゃんと。自分という人から信頼されてるんだろうというわけです。こういう信頼を得るということも、自分を認めるというふうなことにつながってきます。
そして、本来の価値を感じる。自分という人の本来の価値とは一体何だということの話です。自己承認の度合いが低いと、社会的価値や周囲の評価を過剰に意識しそれに感情が振り回されやすいとなります。本来の自分の価値は次のようなところにあります。唯一無二の存在、今感じていること、様々な感情があります。自己承認度合いが低いと、社会的価値や周囲の評価を過剰に意識し、それに感情が振り回されやすいとなります。社会的価値というのは、例えば収入や地位とか肩書きとか、あるいは持っているもの、家とか車とか腕時計とか、そういうふうな社会的価値に自分の価値が連動するというふうに、より強く思いやすいのです。よって社会的価値にすごく執着してしまいます。本来の自分の価値というのはそういうところにあるのではなく、例えば唯一無二の存在であるという、そして今感じていること、さまざまな感情、唯一無二の歴史、自分自身の歴史というのは、唯一無二のものです。同じ歴史を歩んでいる方は一人もいません。それから将来の夢。未来の物語。そして自分との約束を守り、培った自分との信頼関係。こういうところが本来の自分の価値なわけです。仮に社会的価値や周辺評価が失われても、自分に価値を感じ、自分を受け入れられるかを自問自答します。これはぜひやってみてください。今皆さんは社会的価値を持っていることになります。こういう社会的価値が仮になくなったとしても、自分のことを受け入れることができるか、それは突発的な事故や不運とかあっても、仮になくなるかもしれない。それでも自分を受け入れることができるかというところを少し考えてみてほしいのです。
そういったことをやっていく上では、職場以外のコミュニティを持つことも重要であります。自分のコミュニティといえば、会社と家しかないという状況で、会社で評価されなかったら、ビジネスがうまくいかなかったら、自分のことを全否定という方もいるかもしれません。しかし、自分の価値はそれだけじゃないと。例えば、趣味のコミュニティや、あるいは社会貢献のコミュニティなど、そういったコミュニティもあります。いろんなところで自分の仲間がいるし、自分のやることがあるとし、そういうふうになると、いろんな方面から自分の価値というのが感じることができるようになるわけです。何より、こういったところこそが自分の価値のものです。普段から自分本来の価値を感じることで、感情は安定しやすくなります。
それが人間関係にも影響します。よって自分の価値は何だろうというふうなことを考えてみてください。自分の価値=収入だとか、自分の価値=肩書きだとか、そういうふうに思い込んでいる人は要注意です。自分の価値というのは、それだけで決まるものではありません。収入も肩書きも、価値を形成する一つの要素ではありますけれども、それだけで決まるわけではないのです。もう少し言えば、こういったところにこそ価値があると、こういうふうなところというのはですね、弱者に対する見方にも影響してくるわけです。
価値のフレームワークを変えます。自己承認度合いが低いと、人間の価値イコール社会的価値という思考のフレームを持ちやすくなります。そしてそのフレームを自分にも。他者にも当てはめてしまいます。収入や地位や肩書きを持っているものとかこういう部分の価値イコール人の価値だというふうに思ってしまいます。この考え方を自分にも他者にも当てはめるので、他者の価値というのを探ろうとするときに、社会的価値を見ようとすると、他者を社会的価値で評価せずに、他者にも本来の価値、例えば唯一無二の存在であるとか、その人の感情、その人の歴史、その人のこれまでの物語、こういったところを感じることで、温かみのある関係が築けるようになります。それを継続することで、人間の価値に関するフレームが変わり、自分にも本来の価値を感じやすくなります。そこが大事になります。自分の価値の感じ方を変えましょうと言っても、これだけではなかなか難しかったりします。それが難しいのであれば、だったら他者に対する価値の感じ方、これを変えていきましょうとすればよいのです。
例えば仕事ができない部下がいるとします。価値がないと、こういうふうに思っている人がいたとします。うちの部下の仕事ができない価値がない人間だなと。そういうふうに無意識のうちに思っていたとすれば、そこをよくよく見つめ直しまして、彼には彼の歴史がある、彼には彼の感情がある、唯一無二の存在であると、そういうふうにその相手を見るようになったら、その相手にもすごい価値を感じるようになりましたとなります。そういう価値を感じることを,やっていくと、相手との関わり方が変わりましたということになります。今まではどっか冷たく関わってきましたが、今はずいぶん温かみのある関わり方ができるようになりましたというふうに変わる人が多いです。他者に対する価値のフレームというのを変えていきます。どんな人にだって、その人の歴史があって、感情があって、過去と未来の物語があって、そこに価値があるんだと思うと、価値がない人なんていないのです。そういうふうな価値の見出し方というのをやっていくのです。自分にもそういう価値の見出し方がだんだんとできるようになってきます。そうすると、社会的価値にそこまで振り回されなくなるわけです。他者が変わらない評価にも、そこまで振り回されなくなると、感情も安定しやすくなるのです。すべての人は唯一無二の存在であり、すべての人に感情と物語があります。それこそが人間の価値であります。こういうふうにですね、自分も他者も捉えることができるようになると、感情も安定しやすくなります。
そういうふうな捉え方が、いろんな人間関係を豊かにしていきます。そういうふうなことを通じて、自分のことを認めるというふうなことができていきますと。自己承認の度合いというのが、低い人から高い人に徐々に変わっていくと。ということになります。