怒りの傾向を知る 不如意、価値観、エゴ、公憤
怒りの傾向を知るために怒りの種類を知っておくと、傾向を早くし把握しやすくなります。
不如意型の怒り
まず一つ目が不如意型です。この不如意は意のごとくいかない、思うようにいかなければいけない場面で、物事がうまくいかない場合で生じる怒りです。怒りの背景には期待があります。この期待通りにいかずに怒りが生じる。人は何かに怒りを覚えた場合、そこにどんな期待があるのかなと探ってみてください。きっとこうなるだろうと思っていたのにそうならないから怒りが生じるのです。怒りの背景には期待があります。
例えば、パソコンが重たくて画面がすぐに切り替わらずにイラッとする。そしてパソコンのクルクルと回っているとこのクルクルじっと見てて腹が立つわけです。なので、そんなんで腹が立つんですか、クルクルがどれくらいかかっているんですか、ほんの10秒20秒をそれだけ待てばクルクルって解消して次の画面に切り替わるわけです。1日過ごしたら10秒20秒なんてあっという間に過ぎます。ぼーっとしていたらすぐに過ぎるわけです。それぐらい短い時間なのに待ってられないのです。
なぜ腹が立つんですか「なんで、遅いんだよ」とか思うわけです。1日のうちあっという間に過ぎる時間が待てなくて腹が立つのです。これがなぜかというと、それはクリックすると画面がすぐに切り替わるだろうという期待があるわけです。ところがクリックしてもなかなか切り替わらないから,たかが10秒20秒が待てずに腹が立つのです。しかし1日スマホをいじっていたり、10秒20秒なんてあっという間に立つのです。たったこれだけの時間が待てないのです。不思議なもんです。なぜかというと、それは期待があるからです。
あるいは、部下がミスをして契約を逃がして腹を立てる。これも、この契約は取ってくるだろうという期待をしていて、それがミスによって契約が取れなかったとなります。そうなると、きっと契約を取れるだろうという期待が裏切られるので腹が立つのです。逆に、この契約はちょっと今回無理だろうと思っていて、取れなかったら腹が立たないんです。契約が取れなかったという事実は同じなのに、腹が立ったり立たなかったりするんです。それはなぜかというと、その背景に期待があるかないかの違いです。ですので、怒りを覚えた時、何か期待があるんじゃないかと。
怒りの対処と効果を高めるポイントとしては、怒りの背景にある期待を突くと、怒りの構造を把握すると、自分はこういう期待があったから、今回起こっているんだなと理解します。その期待通りにいかなかったから、こうやって怒りが生じているんだなということを構造を把握します。この構造を把握すること自体が、論理的な思考になるわけですから、前頭前野が活性をさせてブレーキを効きやすくなります。ですので、構造を把握できると感情が収まりやすくなります。
特に仕事ができる人ほど高い期待を持ちやすいので要注意です。仕事ができる人というのは自分ができるものですから、その期待をその感覚を人に当てはめるのです。これぐらい当然できるよね、だって自分簡単にできちゃうもんと思っている人が部下にそれを期待して部下がそれをできないと腹が立つんです。なんでこんなものできないんだとそうやって部下に感情的になりやすくなるのです。
名選手、名監督にあるということもありますけど、優れた選手が必ずしも名監督になるとは限らないです。その原因の一つはここにあります。名選手というのは天才的なセンスを持っているのでそんなの当然できるよねと自分の感覚を部下に当てはめてその部下ができないとなんでこんなものできないんだと腹が立つわけです。それでマネジメントがうまくいかないとなるので要注意です。
価値観型の怒り
価値観型こういう場合はこうすべきといった考え方や価値観に反することを見た時生じる怒りです。価値観の多様性を受け入れると怒りが収まるところが不如意型と異なります。価値観というのは、これは人によって違います。例えばオフィシャルな場にラフな服で来た人に腹を立てた時、オフィシャルの場はフォーマルな服で来なきゃダメなんでしょう。なんでそんなラフな格好をしてきてんだと。しかし人によってはそうは思わないわけです。別に今時オフィスとかでも全然カジュアルでいいんじゃん。一昔前はスーツネクタイやったかもしれないけど、今はラフな格好で来る人も多いよ、全然いいじゃんと思う人もいるわけです。
あるいは、職場で元気に挨拶しない部下に腹を立てると、出社したら元気に挨拶するもんだろうと。ところが、部下が挨拶しない。でも、その部下は挨拶しなければいけないんですかと思う。だって、他のみんなも思いませんよ。思いもしませんよ。価値観は様々なんですけど。ですから、自分の価値観通りにいかないと腹が立つとなります。こういう場合はこうするもんだろうという一つの思い込み、決めつけでそういったものの集積が価値観になるんです。
対処の効果を高めるポイントは、自分の考えや価値観が正しいという思い込みが強いほど怒りが生じやすいです。世の中にはいろいろな考え方、価値観があるよねと、しかし多様性を受け入れずに怒りっぽい人はいます。けれどもそういった人は自分の考え方や価値観が絶対に正しいという思い込みの強い傾向になります。自分の考え方価値観が絶対に正しい、だからこういう場合はこうするもんだ、こうすべきだ。なのにあの人はやっていないと腹が立つわけです。だけど世の中にはいろんな考え方の人がいるよと価値観の人の数だけ様々だよと、「自分はこういうふうに思うんだけど、あの人はそうは思わないんだね」「いろんな人がいるよね」と思えたら怒りと思わなくなるのです。そういう価値観の多様性を受け入れられるかどうかが怒りっぽくなるかどうかに影響してくるのです。なので怒りっぽい人はこの可能性が高いです。
エゴ型の怒り
誹謗中傷されるとか、失礼な態度を取られるなど自分の評価やプライドが傷ついた際に生じる怒りです。具体例としては、部下が生意気な態度を取ったので腹を立てるとか、メールの礼儀を書く文面に怒りを覚えるとか、 SNSで悪口を書き込まれ怒りを生じる、覚えたとか。
対処の効果を高めるポイントは,相手に悪気や攻撃の意図はないと捉えると、そもそもそういう人なんだと捉える。例えば相手はこういう風なチャットを送ってきた。イラッとする。なんで失礼な文面なんだ。ところが相手は悪気があってそういう文面を送ったのではないかもしれない。ちょっと天然な人ですね。何の悪気もなくそういう文面を送ってきたのかもしれない。自分だけじゃなくて、他の人にも対してもそういう文面を送る人なのかもしれない。ところが受け取った側は、これは悪気があるとか、嫌がらせだとそう捉えると腹が立つのです。でも人によっては、ああこういう書き方する人もいるよね。ちょっと変わった人かもとなります。そして流す人もいるのです。そこをネチネチとこの人は悪気があると、自分に対し嫌がらせをしていると、こうやって思えば思うほど、怒りが湧いてきます。
そして相手に悪気があるかどうかはこれは一生分からないのです。相手のみぞ知る話であって相手に聞いても、本音を言ってくれるとも限らないです。なのでこれ悪気があってこのメールを送ったのですか、と言っても悪気なんかありませんよ、って言われたら分からないわけです。本当は悪気があっても、悪気なんかありませんと、言われたら分からないし、本当に悪気がなかったのかもしれないし、そういうことを考えていくと悪気があるかないかなんていうのは、もうこちら側で解釈することなのです。相手が本当に悪気があったかどうかなんて分からないのです。だったらこちら側でどう解釈するかと問題にしちゃった方が楽なわけです。そして悪気があると捉えて、なんかメリットあるんですか。デメリットはたくさんありますよ。それでも悪気があると捉えたいんですか。メリットがないならやめればいいんではないですか、という話に持っていくのです。
相手の言い分も一理あると言えないかを考え、こちらに非がある場合は改める。やはり非のないところには煙は立たないわけです。だから、相手がこんなことを言ってくることは、自分の方にも何かしら非があるんだろうとそこを振り返って、これはそういうことを改めろということなんだと思って、自分の態度を改めるきっかけとしてこれ相手が悪いと思えば思うほど怒りが湧きます。だけども、こっちにも非があるなと思えると怒りってぐっと収まるのです。だったらもうこちらで治すとか治そうと思って、改めるきっかけを捉えた方が楽なのです。怒りが湧いてこないから楽なのです。相手が悪いと思って怒りが生じると体が蝕まれるのです。どんどん毒性がある物質が分泌されて体が蝕まれていきます。自分がデメリットを被るわけですね。相手が悪いと思って腹を立てたら、自分がデメリットを被るのです。だったらやめれば良いという話です。こっちを治すとか治そうとか思ったら怒りがすっと収まって体が蝕まれることもないわけです。
公憤型の怒り
怒りは、私憤と公憤というものもあります。私憤というのは私の怒りということです。公憤は公の憤りと書くわけです。不如意型、価値観型、エゴ型は私憤です。これは自分以外の人を苦しめることに対して生じる怒りです。正義感から社会の悪や不正に対して生じる怒りです。例えば、部下が顧客からひどいことを言われていて、顧客に腹を立てたとか、部下がかわいそうな目にあっていると許せません。あるいは、弱い人をいじめている人に対して怒りを覚えたとか、社会問題の実態を知り、怒りを覚えたとか、社会でこんな問題が起きているのかこれはほっとけんだろうと、国は何をやっているんだ、地域が何をやっているんだと、ちゃんと対処しなきゃダメだろうというふうな怒りです。
対処効果を高めるポイントとしては、正義感から自分のこと以上に強い怒りを覚えることがあることに注意することです。この自分のこと以上に強い怒りを覚えるとこれが制御はやっぱり難しくなるのです。自分以上に制御が難しい場合があります。例えば、子供がひどい目に遭わされた。自分がひどい目に遭わされても、そこまで腹がは立たないけども、子供がひどい目に遭わされたら絶対許さんと取り乱しやすくなるのです。あるいは、職場で同僚が上司にひどいことを言われたと。これは許せんと言ってですね、上司に文句を言いに行くことがあります。自分のこと以上に腹が立つことがあるので、ここは要注意です。こういう場合であっても、やはり冷静に対応することが必要です。
それからこの怒りは志に発展しうる怒りのエネルギーをうまく活用して志を果たす人もいます。過去の歴史を見てもいろんな革命とかが起きていますけれども、革命の背景にあるのが公憤だったりするのです。社会に対する怒りです。これっておかしいだろうと、これはどうにかしなきゃいかんだろうと、そういう思いからエネルギーが湧いてくるわけです。怒りというのはエネルギーですから、そのエネルギーをベースにいろんな活動を起こして志を望むという人もいます。そういった意味で、怒りのエネルギーをうまく利用するという方法もあります。それで自分自身の志を果たしていると、社会がこんなひどい状況にあるのではあれば、
自分が変えようと、自分が少しでもどうにかしようというふうに活用していくというアプローチもあります。
自分の怒りを分析して傾向を把握していくと、自分自身の大切にしているものが見えてきます。そういったところから怒りの傾向を把握しておくと、怒りが予測しやすくなります。こういう時は、自分が怒りっぽいぞと、これは怒りが来るぞと、そういうふうにして予測しやすくなると、対処もしやすくなります。そこを明確にしておくのが良い対応となります。