意味づけの多様性
意味づけの多様性これを知ることによって、感情を整える力をさらに高めていきます。今まで聞いたことないような話でも、そういった考え方もあるっていうことを知って行くだけでも意味づけは価値観に基づいて行われます。その価値観に多様性がないと意味づけを変えるのは難しくなってしまいます。これは絶対いいことなんだ、これは絶対悪いことなんだ。そういうもんなんだ。そのように価値観が凝り固まってしまうと、起きた出来事に対して、いや、こういう捉え方もあるんだという風な意味づけに多様性をもたらすことが難しくなってしまいます。したがって、これまでにない捉え方を知ることで、価値観に多様性をもたらし、その多様性が意味づけの幅を広げ、感情を安定させることにつながります。特に困難な状況にあるとき、精神的につらいというときは、意味づけに幅を持たせることが,できるかどうかで、感情の生じ方や行動、成果は大きく変わります。価値観の多様性と意味づけの幅、そのような目的があります。これまでにない捉え方の話を聞いて考えていきます。
エゴと感情という話があります。エゴというのは、自我とも言います。これは区別です。他者と自己を区別するということで、区別がポイントです。社会的比較という言葉があります。生存本能から自分の立ち位置を把握するため、他者と比較し、自分の評価を高めようとするということです。こういう人間の本能があります。生存していくために自分の評価を高めようとすると、その結果、どういう風なことをするかということ、努力する。これは良いことです。それから自慢をする。自分をよく見せようとする。自分の話をし、共感や称賛を求めようとする。他者を悪く言う。そういうことを通じて自分の評価を高めようとします。そういう性質があります。これは承認要求ともつながってくるわけです。
認められたいという欲求ともつながってきます。他者を悪く言う、これが自分の評価を高めるということとどう関係するかと思われるかもしれませんが、他者のことを悪く言うことによって他者の評価を下げるわけです。他者の評価を下げることによって相対的に自分の価値を上がったように感じるようになります。要は、自分の価値は変わってはないわけです。自分の価値は変わらないんだけど、周りの価値を下げていくということです。相対的に自分の価値が上がるわけです。こういうふうなことをやろうとすると、エゴは自分と他者の評価を比較し、他者の自分の評価を高めようとする行為になります。
エゴは自分と他者の評価を比較し、他者の自分の評価を高めようとする行為に脅威を覚え嫌悪とします。エゴというのは、常に評価を気にします。そして自分よりも相手の方が評価が高いというふうなことを嫌うのです。ですから、相手が相手自身の評価を上げようとする行為に脅威を覚えると、そして嫌悪するわけです。ですから、自慢をする人を見ると、嫌悪感を覚えます。なぜかというと、自分で自分の価値を高めようとする。そこに対して脅威を覚えるわけです。そういった行為に嫌悪すると、自分のことをよく見せようとする。そして、あの人はまた自分のことをよく見せようとしているなと。それを自分で自分の価値を高めようとする行為なわけです。その行為に脅威を覚え、嫌悪します。こういう風なところにエゴ。これを感じると、かえってあの人はイマイチだなと感じるわけです。
けれども、そのエゴが強いと、他者の幸せを妬み、他者の不幸を喜びます。他者が幸せになると、他者の評価が上がると、相対的に自分の方は評価が低いという状況に、気になってしまいます。相対的に自分の方の評価が低いと、その状況を嫌うのです。そして他者の不幸を喜びます。自分よりも評価が低いという状況を見て喜ぶわけです。それが結果として自分の評価を下げることになってしまいます。これがまた皮肉なもので、生存本能から他者よりも高い評価を維持しようと、その状況を実現しようと。こういうふうにすればするほど、結果として他者から低い評価を下げると、あの人はエゴが強い。もう自分のことばかりしか考えていない。周りの幸せを考えない。人の幸せを妬む。人の不幸を喜ぶ。あの人はけしからん人だと、結果として低い評価をされてしまいます。非常に難しい状況になるわけです。
エゴというのは自分の評価を高めようとするんだけど、それをすればするほど、かえって周りから低い評価をされてしまいます。こんな状況になってしまいます。身の回りにいろいろ経験をしていることがあると思います。そういう人いたな、そんな風に思うことあると思います。
自分の評価が下がる場合の例として、結果を残せない、勝負に負ける、悪口を言われる、失礼な扱いを受ける、否定される、無視される、こういう風に自分の評価が下がると、怒り、悲しみ、後悔が生じ、評価が下がることを恐れます。不安や焦りが生じるようになります。自分の評価に執着するほど、これらの感情は強くなります。よって、評価を下げないように他責にし、正当化しようとしますが、その行動、態度が自ら評価を下げてしまいます。自分の評価を下げないために、自分が悪くないと、あいつが悪いんだと、周りが悪いんだと、こんな風に言おうとすると、そういうことをすると、かえって自分の評価が下がります。皮肉なものです。自分の評価に対する,執着を手放すと感情が安定しやすくなります。自責で物事を考えやすくなると、これは全て自分の責任だと。自分が責任を取らなければいけない。こんな風なことをしっかりと言って行動に移せると、人望を得る人、組織を成長させる人は、こういう人が多いわけです。つまり、自分の評価に対する執着。これがあると、かえって評価が得にくいとなります。そして、この評価に対する執着があまりない人が、かえって高い評価を得やすくなります。このようなあまのじゃくな状況にあるわけです。
エゴというのは、自分を守ろう守ろうとするのだけれども、守ろうとすればするほど、かえって他者から低い評価をされてしまいます。自分のことは別にいいよというふうに捉えている人の方が、かえって高い評価を得たりするようになります。